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鈴木隆夫のホームページにようこそ  

中学生の皆さんへ
  私は中学生が大好きです。これからどのくらい伸びるか想像もつかないくらい無限の可能性を持っているからです。
 これから、不定期ですが、私の中学生への思いを書いていきます。出来たら読んでみてください。

@2025年6月3日
  
 今一番願っていることは、君たち一人一人が「自分が最高だと思ってもらいたい」ということです。
今の中学生を見ていると、「自分は、せいぜいこの程度の人間だ。』と勝手に自分自身を決めつけているように思えるのです。私は、人は(特に若者は)頑張れば頑張っただけ伸びる無限の可能性を持っているのだと思っています。それをひとりひとりが勝手に自分で限界をきめているのだと思っています。そのほうがラクだからです。とことん
挑戦してみませんか。君自身の可能性を信じて。
 私が大フアンだったジャイアンツの長嶋茂夫さんが、先日亡くなられました。
私より2歳年上の89歳で亡くなられたのですが、彼は、どんな時でも自分が最高だと思ってプレーしていたのだと思います。エラーするなんて全く考えずにボールに飛びつく、絶対にホームランを打つのだという気持ちでバットを振る…。そんな行動がたくさんの人の気持ちを引き付けていたのだと思います。


A2025年6月5日
 やさしい人間になってください。私は、負けず嫌いの人が大好きですが、自分のことを後回しにしても周りの人のことばかり心配している人が一番好きです。私は担任をしていた時、クラスの生徒に「他の人に何かたのまれたら 、自分のことは後回しにしても頼まれたことををやる人間になれよ。自分のことなんか夜中になったってできる。のだから…。」と言っていた時があります。自分のことをまずやってから、頼まれことをやる人は嫌いです。『江戸っ子』って困っている人がいたら、一肌脱ぐと言います。江戸っ子になってください。
 困っている人を一生懸命助けられる人は、自分が困ったときにはみんなが助けてくれるものだと思います。それが人情です。


B2025年6月12日
私は、中学の時メチャクチャ落ち込んでいた時がありました。5歳の時バスに足を引かれたため右の足首が少し曲がっています。そのため歩くときすこし足を引きずって 小学校の時から、『ニョロ』  『[蛇がニョロニョロ』 などとからかわれて、そのたびに殴りかかって喧嘩ばかりしていました中学に入ったらますますひどくなり、暴れん坊として先生にまで目をつけられていました。抜け出せたのは四つ、一つ目は【、からかってくる相手を全く無視したことでした。】2年生の半ばからは相手の連中もほとんど言わなくなりました。何も反応しないのでつまらなくなったのだと思います。二つ目は信頼できる先生がいたことです私の2年生の時の担任は新卒の女の先生でしたが口癖が『あなたは本当はすごく良い子なtんだから・・・。』喧嘩をしたり、掃除の時間にふざけて窓ガラスを割ったりして職員室で正座させられた後、担任の大内先生に呼ばれると先生は、いつも涙をボロボロこぼしながら、『君は本当は優しくて素直な子なのだからと言いながら一生懸命話をしてくれました。もう一人、私が尊敬する小学校4年の時の担任の岩上先生、岩上先生のお宅は私の家から15分くらいの所に住んでおられて月に二回くらいは遊びに行っていました。お子さんのいない先生ご夫妻は私をわが子のようにかわいがってくれてたくさんたくさんアドバイスをしてくれました。二つ目は、先生や身近な大人の人にどんどん頼って相談することだと思います。そして、三つめは私にはたくさん友達がいたことです。私の中学時代は部活動はなかったのですがプールの好きな先生が夏休み中ほとんど毎日プールを開いてくれて私は二人の友達と一回も休まずプールに行っていました。他にも本を読むことが大好きな友達などけっこうたくさんの友達がいたのでそれも落ち込まずに過ごせた理由の一つだと思います。あと一つ、私は自分が大好きでうぬぼれるくらい自分を信じていたことも大きな理由だったと思います。(でも、私は高校時代も大学時代も教師になってからも、たくさん落ち込みました。)
C2025年7月4日
 たくさん失敗しましょう。自分が出来そうもないと思うことを避けてばかりいたら、進歩するわけがないと思います。私は、無理だと言われるほどやってみたくなります。失敗するかもと思われることに挑戦し、何回も失敗しながら成功する方法をみつけだして行くのだと思っています。バスケットボールの神様と言われたマイケルジョーダンは、次のように言っています。『私は9000個以上の シュートを外し300試合に敗れ決勝シュートを任されて26回も外した。人生で何度も何度も失敗してきた。だから私は成功した。』皆さんに9000個シュートを外してもまだ頑張れる気持ちさえあれば必ず成功するのです。授業でも、その他の生活でも『どうせだめだ、どうせ失敗する』そう思って取り組んだら絶対に成功しません。失敗を覚悟で取り組んでみれば繰り返し失敗するうちに失敗の中から成功へのヒントが見えてくるものなのです。マイケルジョーダンはまた、『私は失敗を受け入れることが出来る。誰でも、何かに失敗するものだ。しかし、私は挑戦をしないことは受け入れることは出来ない。』   さあ、あなたも挑戦し続ける人間になりましょう!!
D2025年7月6日
 『己の欲せざるところは人に施すこと勿れ』  学校の廊下の壁に左のような言葉が書かれた紙が貼ってありました。孔子の言葉です。『自分が他人からしてもらいたくないことは、他人にもしてはならない。』 という意味ですよね。私もなんでも他人に押し付けて、自分は何もしようとしない人間は大嫌いです。それよりも、みんなが尻込みしている時、『俺がやるよ!』 『私がやります!』と言ってまわりの人が避けたがる仕事などを買って出る人間って大好きです。大きな人間になるってそういうことだと思います。人間の生き甲斐ってそういうところにあるような気がします。
2025年7月15日
 本をたさん読みましょう。自分が迷ったり、悩んだりしたとき、本が






今の学校教育に対する私の意見

ご意見や反論がありましたらtakochi@t-net.ne..jpまでお願いします。

@デジタル教育よりアナログ教育を
30年以上前になりますが、私が現役の理科の教師をやっていたころの定期テストの問題を振り返ってみました。@雲の正体って何ですか?また、雲のでき方を図に書いて説明しなさい。A日本の冬の天気の特徴とその理由を説明しなさい。・・・・・・・・・。みたいなものでした。10年以上前退職後に理科の時間講師として勤務したときに定期テストのやり方や評価の仕方(考え方)が全く変わってしまったように感じました。テスト問題の一つ一つに、観点別の評価に合わせた問題が出来ているのでした。(個々の教師も作っていました。)ノートも全員提出、カラーぺんや縁取りをしたりしてきれいに仕上げていると10点、書きなぐったものは2点か3点・・・。ワークブックもテスト当日の朝に必ず提出、遅れると受け取らない…
何人かの生徒は、テスト数日前から一生懸命ワークブックの答えを写していました。(適当に間違えた答えをかいて。赤ペンで正しい答えに直して…。)私が現役の時はA君はテストの点数が低かったで3をつけたけれど授業中は熱心に手をあげて答えていたので観点別評価の「関心意欲、態度」の欄はA 、Bさんも評価は3だけれど実験の時はいつも最後まで残って試験管まできれいに洗ってくれているので観点別評価の「観察、j実験の技能」の欄はAと書いていました。現在は、テストの問題の中にも実験の技能を質問する問題があり全てが点数化され、Aの数も%化されA,B,Cの数により5,4,3,2,1の評価も決まっています。教師は、パソコンでの集計の追われる毎日・・・・・。これが教師の本来のしごとかよ?これが教育かよ?ってつくずく思いました。これでは部活動の指導にも行けませんよね

A部活動は、教師の仕事です。
 教育というのは、子どもと一緒に汗を流し、一緒に泣いたり笑ったりして心が通じでいくものだと思います。私は部活動はその絶好の機会のひとつです


B理科の教師の喜びは、子供たちが理科大好き人間になることだと思います。

   
  
さあさあ

 バスケっとボールへの私の思い
 A
私は走ることだと思います。

※ 以下の文は私が、2016年に書いた本を転載したものです。よかったら、読んでみてください。  

若い先生へ
  

 はじめに
2015年になって少年の悲惨ないじめによる殺人事件が起きました。私は、元中学校教師として、どうしても中学校時代の先生方の指導について考えざるを得なくなってしまうのです。 現役の先生方が熱心に指導されていることもまたどうしてもそこに限界があることもよくわかっています。
 
でも、若い先生方を先頭にもっともっと生徒にぶつかっていってほしいのです。以下の文章には、例えば家庭訪問の項など現在の現状とは異なっている部分も多くあると思います。しかし、保護者や教育委員会ともよく話し合って家庭訪問や様々な行事を復活させ、教師と生徒たちがもっともっと心を通わせるような場を作り上げていくことは可能なのだと思っています。
 『子どもたちが好きで好きでたまらない、教えることがうれしくてたまらない…。』そういう人たちが教師として頑張っているのだと、私は思っています。平成の時代になり、様々な思惑から、教師に対する風当たりも強くなり、さらにはモンスタ−ペアレントなるものもあらわれてきているようですが子どもたちを本気で好きになって、真正面から本気でぶつかっていきさえすれば、子どもたちも、親もきちんと応えてくれると私は信じています。ひとりひとりの先生が、自信を持って生き生きと教育という現場で活躍されることを願って、こんな本を書いてみました・・・・・・。 鈴木 隆夫

第1章 新卒時代

私が初めて教師になった時の話をします。(1961年、ベビーブームの子供たちが入学してきたころです。)初めての授業で中学3年生の教室に入った時あちらこちらに空席がありました。自己紹介をはじめて5分ほどたった時、5人くらいの男子がガタガタと、それこそ傍若無人に教室に入ってそれぞれの席に着きました。教室の後ろに立たせるのですが、平気な顔をしておしゃべりをはじめ、結局はげんこつで思い切り殴りあって授業を終える…。そんな毎日が約1ヶ月くらい過ぎました。そして、中学1年生の担任したクラスの生徒とは、毎日のように廊下で取っ組み合いのけんかをして時には、顔を大きくはらしてしまった生徒の家に謝りに行ったり・・・・・。でも、校長先生は、「私が責任を持つから。」と、いつも私をかばってくれていました・・・・・。
 そして、毎日毎日生徒に提出させた宿題のノ−トを山のように抱えて家に持ち帰り、夜遅くまで1冊ずつ赤ペンを入れ、そのあと「学級だより」を書いて・・・・。授業中は、声がかれるような大きな声で自分のありったけの力をぶつけていました。

 でもさすがに5月の半ばくらいになると、自分のエネルギーも使い果たしてしまったような感じがして本気で教師を辞めることばかり考えていました・・・・。

 そんな時、大学時代の親友に手紙を書いたら、すぐに飛んできてくれて言われた言葉で持ち直し、再び教師として頑張ることができました。そして、38年間教師を続けました…。(そのことについては、後で詳しく書いてみたいと思います。)
 私の新任教師時代の5年間の「大島時代」の教え子たちは、彼らもすでに65歳前後になっていますが(平成25年時)あのまったく未熟で失敗ばかりしていた私をいまだに覚えていて、同窓会を開いて招待してくれますし、サザエや伊勢エビが取れたといっては送ってくれています。先日は、クサヤと明日葉を送ってくれた人もいます。ただただ無我夢中で、子供たちに必死になって向き合っていた私を、多くの子供たちが覚えてくれていることが大変うれしいです。 

壁にぶつかったときどう考えたらいいのか
 ―自分のすべてをぶつけてみましょう。―
 未熟な23歳の大学を卒業したばかりの教師がそんなに簡単に生徒の心をつかめるはずがないということがわからなかった私がだめだったのですが、その時の生徒たちが今でも一番私と連絡を取り合っているのです・・・・。
 そして、私が70歳になったとき、60歳になった彼ら(新卒時代に担任した生徒)が60名近く集まり自分たちの還暦の祝いを兼ねて私の古希のお祝いをしてくれました。
 特にすぐカーっとなって手を出してしまったことなど新卒時代の私の取り組みは大半が間違っていたと思っていますが(2年目以降は、極力自分からは手を出さないように心がけてきたつもりです・・・・。)私が必死になって私自身をぶつけ続けていたことが卒業後45年たっても生徒たちの心に残っていてくれたと思います。
 私が教師になってずーっと心がけてきたことをいくつか書いてみたいと思います。

@生徒の前では、いつも全力で取り組んでいることを見せること。(自分の体調が悪い時は、正直に生徒に伝えていましたが)
 例えば、学活の時間にクラスの生徒にフォークダンスをやらせたとき、一人も手をつながず、一人も踊りださない中、私一人で踊り続けた時もありました。合唱コンクールなどの朝練習の時など、一人も参加しないのに1週間近く一人で教室で歌っていたこともありました。生徒に宿題を提出させたときは、たとえ徹夜しようとも、提出ノート全部に、細かく赤ペンを入れていました。授業では、自分のできる限りの声を張り上げて授業をやっていました。(大声を出せばそれでいいということではありませんが…)
でも、子供たちはしっかりと覚えていてくれました。その時の、空回りしながらも必死になっていた私の姿を…。そして、そこから少しずつ変わっていってくれました。

Aどんな時でも、誰の前でも、絶対に生徒の悪口を言わない。
 「あの生徒はダメだ、あの生徒は性格が悪い…」なんて口に出すような先生がいたら、その人は担任をやる資格がないと思っています。私は、同僚や先輩の前ではよく愚痴はこぼしました。でも、少なくとも自分のクラスの生徒は、どんなことをやったとしても、自分の子供と同じだとずっと思っていました。わが子の悪口を他人に言うなんていう親はいないと思っていますから・・・・・。

B怒るときは本気で怒り、ほめるときは、こちらが照れくさくなるくらいにオーバーにほめる。
 いつもその生徒のことを真剣に考えていれば、その生徒が間違ったときは、本気に怒ることはできます。その生徒を何とかしてやろうという気持ちで、なかなか相手に気持ちが通じないようでも、真剣に怒ってあげましょう。怒ることは、割合誰でもできるのですが、ほめるということはとてもむずかしいです。何か、逆効果になってしまうようで、私もなかなか本気でほめることができなかったのですが、一生懸命ほめてあげたことで、その生徒が大きく変わったという経験を私は何度かしています・・・・。人間と人間の付き合いです、こちらの気持ちは必ず生徒に通じるものです。

 

授業が、なかなかうまくいかない。

 授業がうまくいかなかったことなんか、私は何回もありました・・・・。そのたびに、私は本屋に行き何冊も何冊も本を買って(教師向けのや、生徒向けの参考書など)それを一生懸命読み、板書事項を何回もノートに書いて・・・・。でもなかなかうまくいきませんでした。

 どんな子も絶対に見捨てない・・・・・。それが教師として授業をやっていくうえでの基本だと私は信じています。

@子どもたち(生徒)全員が、興味を持って取り組めるような授業を追及しましょう
 生徒が興味を示さないような授業、生徒がくらいついてこないような授業には、何か問題点があるのだと思います。(私の新卒時代の授業は、そんな独りよがりな授業だったような気がします…。)子どもたちにとって、それを学ぶことが、それに取り組むことが喜びであるような授業こそ、私たち教師が取り組むべき授業だと私は信じています。
 しかし、それは非常に難しい、たいへんなことだということは私も知っています。ましてや、40人余りの生徒の中には、基礎的な学力が高い子もいるし、勉強そのものをあきらめてしまっているような子もいるのですから・・・・・。でも、学ぶことが楽しいものであり、そして教えることが楽しいことでなければ、「教育」の価値なんて、なくなってしまうのではないでしょうか。
  勉強をあきらめてしまっているような生徒を見捨てて、どんどん授業を進めるのも絶対に間違えていると思います。、勉強を投げ出してしまっているように見える子どもたちにも、新しいことを学ぶことが楽しくなり、学力の高い子にも、さらに興味がわいてくるような授業こそ理想なのだと思います。そして、それを追及していくことこそ、教師の仕事ではないのでしょうか・・・・・。(今、はやりの、『自己責任』なんて言葉を持ち出して、教師としての仕事を放棄しないでください…。)
 勉強をしようとしない生徒は切り捨て、やる気のある生徒だけを相手にしている授業だったら、少し知識がある人ならば誰でもできるのだと思います。
勉強をあきらめかけている生徒にこそ、こちらの授業に目を向けてもらい、生き生きと授業に取り組んでもらうようになることこそ、教師としての生きがいなのだと思います。そのために、時には机をたたいて怒鳴り、涙をこぼし、あるいはその生徒の胸ぐらをつかみ体を揺さぶりながら「お前に、本気になって勉強してもらいたいんだ!」と叫びながら授業をしたこともたびたびありました。

A自分を信じて、絶対にあきらめない。
 自分に、完璧な授業なんて出来ないということはわかっています。でも、みんなを引き付ける授業をするためにまだ何かが出来るはずだと思い努力してきました。私は理科の教師でしたから、実験をできるだけやってみました。それも、教科書や指導書に書いてあるやり方だけではなく、何かほかに工夫はないかと必死で考え、いろいろな本を図書館などで探しまわりました。実験の前の日は、自分自身で繰り返し予備実験をして少しでも良いやり方を見つけようとしてきました。それは、退職する年まで続けてきましたが、それでもなかなか自分に満足するような生徒が沸き立つような実験を創り上げることはむずかしかったです・・・・・・・。


B他の先生の授業を見せてもらう
 私が教育実習の学生を私のクラスで受け入れた時に最初に言っていたことは、「ほかの先生方の授業をできるだけたくさん見なさい!」ということでした。私も、その先生が認めてくれれば私の空いている時間は一緒に見せてもらいました…。まずは信頼できる先輩に、授業を見せてもらうように頼み込んでみましょう。緻密に授業プランを立てて、それに従って授業を進める先生や、アドリブとその時々の生徒の反応を大事にして授業を進める先生などさまざまな先生の様々なやり方から学び取ることがたくさんあります。また、保護者向けの、授業参観日は絶好の機会ですので、私は空き時間は全部見学させてもらいました。いわゆる研究授業はミスを極力なくすように準備をしすぎているようで私にはあまり参考になりませんでしたが、参加すれば何かしら得ることはあると思いますので、自分なりに受け止めて吸収していけばいいと思います。ほかの先生の授業を見させてもらいながら、自分に欠けているのが何なのかを真剣に考える謙虚さを持ちましょう。
 あわせて、研究授業を積極的に引き受けるなど、極力ほかの先生方に授業を見てもらうようにしましょう。怖がらずにどんどんほかの人の意見を聞くことです。間違っている意見や、明らかに批判するためだけの意見などは、自分の心の中であっさりと切り捨ててしまえばいいのですから・・・・。


C生徒にたずねましょう
  私はいつも定期テストの答案の最後に、授業への感想や意見を書かせることにしています。また、給食の時間などは絶好の情報収集の時間です。私は職員室などで昼食を食べるよりも生徒の中で食べるのが好きです。必ずグループごとで給食を取らせ曜日ごとに各グループの生徒の中に入って給食を食べていました。そのとき、『先生のこんな授業が面白かった。』とか『あの実験はつまらなかった。』とか、率直な意見をたくさん聞けるのです。”生徒に学ぶ”という姿勢はとても大切なことです。


 

第2章 生徒と、どう向き合うか

(1)子どもたちを、どうとらえるか。
 私は少なくとも、中学生までの子どもは、「未完成人間」だと思っています。。学校生活の中で、教師や、友達、あるいはさまざまな大人の人たちと
触れ合い、さまざまなことを学んでいく中で少しずつ完成された人間として成長います。
だから、生徒というものはたくさん失敗して、たくさん間違え
ながら成長していくのだということを特に私たち教師は考えていなければいけないのだと思います。

 私は、本来は、勉強が嫌いだったり学校が嫌いだったりする子供はいないのだと思っています。
だから、どこかでそのつまずいているものを取り外してあげれば、どんな子供でも、生き生きと成長していくはずです。
どの子も勉強ができるようになりたいのだ、どの子も楽しい学校生活を送っていきたいのだ、そう私は信じています。
 しかし、私たちが思うほど子供たちは変わっていかない場合が多いのも事実です。例えば中学1年生の場合だったら
それまでの13年間に受けたさまざまな心の傷を持っているのかもしれません。3年間では修復できないような傷を
持っている場合でも、教師が真剣になってぶつかっていく中で少しずつ変わっていき、卒業後十数年たってから立派な
姿を見せてくれた教え子もたくさんいました…。

(2)問題行動を起こす子どもたち
 

 私が現役の教師をしていた昭和50年代は、まさに校内暴力が吹き荒れていた時代でした・・・・。
そして、そのころ私が一番感銘を受けた言葉は、当時の人気テレビドラマの「3年B組金八先生」のなかの『生徒はくさったみかんではない』という言葉でした。問題行動を起こしてばかりいた生徒を、「その生徒さえいなければ問題行動がおさまると考えていた一部の大人や教師がいたことは事実でした。 問題行動を起こす生徒と、正面からぶつかりあって、その生徒の心を開いていくことが唯一の解決方法です・・・・。彼らは、未完成だからこそさまざまなことで悩み、時にはやり場のない怒りにかられて周りにぶつかっていくことがあるのですが、心の底では「自分のことをわかってほしい、自分の話を聞いてほしい・・・・。」と願っているのです。それをまわりの教師や大人たちが、己の身の保全ばかり考えていて深くかかわろうとしなければ、子どもたちは、いつまでたっても救われません!まずは一人一人の教師が、初心に帰って本気で生徒と向かい合うことから始めるべきだと思います。
 そして、生徒と同じ立場に立って、同じ目線で考えて行くことを何よりも大切に考えて行きましょう。。

@ まずは生徒としっかり向き合うこと。
 わああは、暴力を振るっていたり、物をこわしたりして暴れている生徒がいたら、まずはその現場に走って行って、その生徒(達)と正面から向き合うことから始めました。時には胸ぐらをつかみあうこともありましたが、たいていの場合、「なんだよ?!!」と言い返してきます。まわりの人たちにはできるだけ遠くへ離れてもらって、できるだけ1対1あるいは、1対生徒数人という形をとり、空き教室などの椅子に座って話をします。時には、廊下あるいは屋上に胡坐をかいて話をします。「俺は、お前(達)のこと悪い奴だとは思ってない!ただ、やったことはいけないことだと、俺は思っている…。」まずは、そんな会話から大体はじめていました。子供たちも、こちらに敵意も偏見もなく、むしろ自分のことを真剣に考えてくれているのだということがわかれば冷静に話し合うことができると私は信じています。

A 
相手の話をとことん聞くこと。
 中学生と言えば、まだ13歳〜15歳の年頃です。私は、周りの先生方にも、生徒たちにも、中学生というのは、『未完成人間』なのだ!これからいろいろなことを学び、いろいろ失敗しながら人間として成長していくのだ!といつも言っていました。
 だから、いろいろなことに矛盾を感じたり、悩んだり、腹を立てたりして当たり前だと思っています。子どもたちにとって、自分の話を一方的に決めつけたりせずにじっくり話を聞いてくれる人間が絶対に必要なのです・・・・。

 教師こそ、そんな子どもたちと(すべての子どもたちと)真正面から向き合い、悩みや希望を真剣に受け止め、一緒に考えてやるべき立場の人間だと思います。「めんどくさい!」「言っても意味ない!」「ほっといてくれ!」そんな言葉しかはじめは返って来ないのだと思います。でも、そこからが勝負なのです。時間が取れなかったら日を改めて話をすればいい…。とにもかくにも、自分は味方なんだということをわかってもらうまでしつっこくしつっこく迫っていきましょう!そして、その子の将来(人生)について真剣に考えて行きましょう。それこそが、教師としての生きがいなのですから。

B 
保護者の方と二人三脚で取り組
 「うちの子はどうせダメなんです。」「あの子には、何を言っても通じないんです。」そんな言葉が親から返ってくることがよくあります。たしかに、毎日の生活を送るのが精いっぱいの中で、一言注意すれば、その何倍もの言葉で言い返してくる我が子・・・・・。毎日、子供と接しているだけでストレスになるような日々が続くときもあると思います。{子どもに何も注意しない方が楽なんです・・・・。」そう、ため息をつく親に、私は私自身の中学生時代のことをよく話をします.。私は中学時代の反抗期に、母親に対して「なんでこんな貧乏な家に生んだんだ・・。」とか、「親が義務教育しか出てないから、世間への見栄で、俺たちを大学に行かせたいんだろう・・。」とか、「親が勉強勉強と言って束縛する権利なんてないんだ・・。」とか、本当に言いたい放題のことを言って反抗していましたが、私の母親は、そのたびに必死になって私を叱り、時には涙をボロボロこぼしながら、私が、ごめんなさいというまで叱り続けていました。時には、長い物差しで思い切りたたかれたこともあります。しかし・・・・・私の母は、当時でも極貧と言われるような生活の中で、昼は洋服の仕立て屋さんに手伝いに行き、夜は夜中過ぎまで内職をし、休日はビルのトイレ掃除までして、必死になって私たちの学費を稼いでいました。結局、私は、そんな母親の後姿を見ていたので、最後はs、母親の言うように、必死になって勉強をしました。(私の弟たち3人、私のようすをみていたのか、あまり反抗はしていませんでした。結局4人とも大学に入学しました。)最後は、私は母親が望んでいたように、教師の道を進むことになりましたが、70歳でくも膜下出血のため急逝してしまった母親に対して、今でも謝っても謝っても謝りきれない後悔の気持ちでいっぱいなのです………。
 私は、そんな恥ずかしい自分の話をした後、保護者の方に、『子どもというものは、表面的にいくら反抗的な態度を取ろうとも、必死になって叱ってくれ、自分のことを思ってくれる親の言うことはちゃんとわかるものですよ!!」』と言って、『一緒にこの子のために頑張りましょう!』と話をしました。時には、お父さんと、夕食時にお邪魔して長い時間話し合ったこともあります。
 親が教師を信頼し、なんでも打ち明けてくれるようになり、一緒にその子の良いところを何とかして見つけ出そうと努力し、学校と、家庭の両方でその良さを伸ばしていこうとさえすれば、どんな生徒でも、前向きに取り組める生徒に変身すると私は信じています。(場合によっては、それが中学卒業後になってからだとしても、)私たちの真剣な努力が報われたという経験を私はたくさんしています。


第3章 担任としての出発

 担任こそ教師としての最高の生きがいだと私は思っています・・・・。
とにかく、、自分のクラスの子供たち全員を大好きになること!こちらが大好きになれば、子供たちも担任の先生を大好きになるものなのです・・・・・。
 では、担任としてどのようなことを考えたらいいか、次の項目について考えてみたいと思います。
 A 4月のスタート時にどのようなことをやるのか。
 B 班ノートや個人ノートをどう書かせるか
 A 4月のスタート時に・・・
 最初にクラスの子供たちと出会う日をどのようにするかということはとても大切です。
@ 生徒の氏名を前日までに全部覚える。
 私は前の日までに、夜中過ぎまでかかっても完全に覚えるようにしています。新入学生の場合は特に大変だとは思いますが、初めて出会う先生が自分をフルネームで呼んでくれるということはとてもうれしいことなのです。名前を呼んだら、手を挙げて元気に返事をしてもらいましょう。この小さなやり取りの中でボス的な子供、リーダーになりそうな子供、周りからなんとなくさけられている子供などが誰なのかをおおざっぱにつかむことができます・・・・。
A 担任としての自己紹介                
 私は自分の中学時代の話を中心にして話をしてきました。私は小さい時の交通事故がもとで足首が少し曲がっていること。そのことが原因でよく友達からからかわれ、とてもつらい思いをしたし、よくそれが原因でけんかをして怒られてばかりいたのです。そんな時、いつも私の心の痛みを理解しようとしてくれていた先生や私を単なる「ひねくれもの」としてしか扱ってくれなかった先生などのことも正直に話しました。どんなことでもいいから、中学時代の話をしてあげると子供たちは興味を持って聞いてくれます・・・・。「中学時代は、みんなと同じように苦しんだり悩んだり、先生に思いきり怒られたりしていたんだよ…。」
 それから自分の家族のことをできるだけ詳しく話をすることにしていました。やがて子供たちと正面から向かい合わなければならなくなった場面では子供の家族のことにも関わらなければならないことになるかもしれませんので・・・・。
B学級通信第1号の発行
  学級通信の狙いはなんだと思いますか。一つ目は担任の気持ちを生徒に伝えることです。さまざまな生活を体験してここまで成長してきた子供たちが、1日や2日で簡単に担任の気持ちを理解するなんてとうてい無理なのです。でも、繰り返し繰り返し私の気持ちを伝え続ければ必ず心は通じると信じて書き続けることが必要なのだと思います。やがてボディーブローのようにじわじわと効いていくのです…。「先生は何を言いたいのかわからない。」とか、「先生は、私たちの心とかけ離れたことばかり書いている。」というような批判ばかりがはじめのうちは耳に入ってきます。そればかりか、配った学級通信の半分以上の紙がごみ箱に捨てられていたこともあります…。第1号のタイトルとしては次のようなものが、考えられます。『支え合おう!協力し合おう!』『みんなが楽しくなるようなクラスを作ろう!』こんなタイトルにしたこともあります・・・・。『3年B組金八先生みたいなクラスを作ろう!』うまい言葉が見つからなくても、とにかく書き続けることが大切なのです・・・・。。
 第2の狙いは、何なのでしょうか。それは、保護者の人たちに教師の気持ちを伝えるということです。教育とは、車の両輪のように教師と保護者が協力し合って子供たちを育てていくことだと思います。だからこそ保護者の理解を得ることが何よりも重要なのです。学級通信の文章は子供向けに書いていきますが、やがては親も目を通すと思いながら、私の教育への思いを書き続けました。
C個人ノート(個人日記)の提出を要求します。
 学級開きの日に、生徒数分のノートを自費で購入して一人一人に配ります。たいていの場合、よくても数冊しか翌日に提出されないということを覚悟しながら(3/21)、「このノートにはどんなことを書いてもいいんだよ。秘密は絶対に守るし、先生も一生懸命考えて返事を書くから…。」そう言っても翌日に1冊も提出されない年もあります。でも、粘り強く訴え続けます。時には1週間後にもう一度全員分のノートを買ってもう一度配った時もあります。やがて、友達にいじめられていることを書いて、そっと職員室の私の机の上においていく生徒や、クラスへの不満をぶちまけてくる生徒ができます。私への文句(不満)を、1ページ分ぎっしりと書いてきてくれた生徒もいました。私は、必ず毎日それを家に持ち帰って、夕食後赤ペンで返事を書きました。日記の返事だけは、学校で書いていて途中ほかの用事でどこかに置き忘れたら大変なことになると思うし、それこそじっくりと考えて返事を書かなければならいものなのですから…。特に中学生は、自分のことを書くのが大嫌いです。でも、絶対に誰かに訴えたいというものを持っている生徒もたくさんいると私は信じています。個人ノートは担任として必要なものだと思います。
  ここでちょっと話を元に戻します…。私が新卒時代に、学生時代の親友からの一言で立ち直ったと書きました。その言葉を書いてみたいと思います。彼は、大学の2年後輩でしたが(現在の”ヒコみずのジュエリーカレッジ”を創り上げた男です。)
彼は、大島の私の家まで来て、こう話してくれました。『先輩!今ここにコップに半分の水が入っているとき、それをどう考えますか?まだ半分しか入ってないと考えますか、それとも、もう半分も入ったと考えますか?』と・・・。私は『この数ヶ月必死になって生徒たちのために頑張ってきたことが、まるでザルで水をすくっているように感じる。半分どころか10分の1も水が入ってないように感じる。』と答えたら、『10分の1でもいいじゃないですか。先輩には教師という職業があっていますよ!』と言われ、もう一度自分のその時の教え子たちのことを考えてみたらとても彼らがいとおしくなって、もう一度教師として頑張ろうと思い直したのです・・・・・。
 B 班ノート、個人ノートをどう書かせるか。
  (子供たちのことをもっともっとよく知って、子供たちと本音で付き合うように 
  なるために・・・・・。)
 班ノートは各班に1冊ずつ配り、必ず家で書いてくるように言います。そしてその時親にも感想を書いてもらう…。どうしてもかけない場合は、サインでも印鑑でもいいといいます。約束は絵をかいても何でもいいから、親の感想も含めて、1ページは必ず埋めてくること。絶対に人の悪口は書かないこと(担任への文句は例外とする)もちろん初めのうちは親の感想はおろか印鑑すらなかなか見つけられませんでした。生徒の文も、「今日はつまらなかった。」の1行といたずら書きだけで提出された場合もありました。でも、私は毎日のように生徒たちに言いつづけました。『自分の班のこと、自分のクラスのこと、(3/22)、こんなクラスにしたい、こんな自分になりたい…。何でもいから書いてきてほしい、みんなと一緒になって最高のクラスを作っていきたいんだ。』と、そして保護者の皆さんにはとにかく子供たちをほめてあげてほしい、どんな小さなことでもいいからわが子の、そして子供の友達の素晴らしい点を見つけて書いてほしいとお願いしてきました。
 私は、空き時間にこの班ノートの返事をせっせと赤ペンで書いて、放課後次の当番の生徒に渡しました。やがて2ページぎっしりと書いてくる生徒が出てきたり、保護者からの励ましが次々と寄せられてくる年もありました。(この班ノートの中身が、私の学級通信の記事の主なものになるのです…。)

(1)学級活動
  
担任としての出発のところで書ききれなかったことを以下、書いておきたいと思います・・・。(私にとって、担任をするということが、最高の生きがいでした。)
 
私は、「ひとり残らずの生徒」がそのクラスの主人公になって活躍できるようなクラス、全員が、そのクラスの一員であることが楽しくて仕方がないんだというクラスを作り上げることが理想だと考えています。『俺たちのクラスって最高だよな!君たちって最高だよな!』いつもそんな風に言えるようなクラスを作り上げようと必死になって頑張ってきました。
そのために、自分なりに取り組んできたことを書き上げてみます

私は良く、こんな言葉を生徒に向かって言います・・・・。『クラスの仲間がちっとも乗ってこないとぼやく生徒がいたら、
まず自分が燃えなければいけない!自分が最初の一本目の薪になって全力で燃え上がってみろよ、そうすればやがて
まわりじゅうにその熱気が伝わって言って、クラス全体、学年全体が熱くなるんだよ。このクラスは冷めているなあなんて、
ほかの人のせいにするんじゃあない、一人ぼっちのピエロになてもいい覚悟で、自分が全力に萌えきってみろよ!』
 ですから、時には、私自身がそのピエロの役をやったこともあります・・・・。

 ・立候補制
 
学級も学校でも、すべての子供が主人公でなければならない・・。そのためには、どの子も、自分がクラスの主人公だという自覚を持つことが大切だと、私は思います。だから、私はいつも学級開きのその時から、(初めての学級活動の時間から)、私は立候補制によって学級委員及び、班長、各係りを決めていきます。まずは、学級委員の決定、・・・・・・。ときとすると、2時間くらい立候補者が出ずに時間が過ぎていくことがありますが、私は粘り強く立候補者が出るまで待ちます・・・。「頭がいい人・話がうまい人が、学級委員に適しているわけではない。先生は、一番本気で、このクラスのために頑張ってみようと考えている人に、学級委員になって欲しいんだ!失敗してもいい、その時は立候補してそれを信任したクラス全員の責任だし、先生の責任でもある。だから、失敗しそうな時、間違えてしまったときは、先生も全力で支えていく・・・。だから安心して立候補して欲しい。」時には、ひょうきんな目立ちがりやの生徒が立候補してくるときもあるし、長い沈黙に耐え切れずに、なるべく表面には立ちたくないが、この際は自分がやるっきゃないという正義感で立候補してくる生徒もいます。いずれのタイプの生徒でも、班長会の司会をやりながらクラスの問題に取り組んだり、生徒会の学級委員会に出席していく中で、責任感を強く持つようになり、試行錯誤しながらも、仲間をまとめていく力をつけていけると私は信じています。担任が、全面的に信頼をよせ、一緒に悩み、一緒に問題を解決していこうとしてさえすれば生徒はどんどん変わっていくものです。
 
学級委員が決まれば、次に生徒会の専門委員でもある、生活委員・整備委員・保健委員・図書委員などを決めていきます。これも、あらためてその委員の仕事を説明してから立候補をつのります。複数の立候補者が出た場合は、立候補者に、その理由や決意をいってもらい全員の挙手で決めます。(学級委員と専門委員は、学校のシステムに合わせ、前期と後期に分けて選出します。)
 係活動についても、自分のやりたい係を言って立候補してもらいます。「黒板消し係」や、「各教科の係」の他にも、「給食の後、ゴミを拾う係」とか「先生が来た時にそれを皆に知らせる係」とか・・・。とにかく生徒のアデアでどんどん係を作っていきます。
 そして、大切なことは、少なくても1週間に一度以上は、その係の生徒を褒めてやるということだと思います。子供たちは、自分が正しく評価され褒めてもらうことによってどんどん伸びていくものなのです。そしてどんな仕事(懸りにも、それぞれ大きな意義があるのだということを実感させたいと思います。

・班活動
 班は、給食当番や、掃除当番の時以外にも、様々な場面で活動してもらいます。
 その一番大きなものが、班勉強です。テストの時に、自分の班がほかのどの班よりも高い平均点を取れるように頑張らせます。放課後の班勉強会や、教え合いなど、時には、班長が班員に自分のノ−トを写させてあげたりして、全員が勉強に取り組めるような活動になるように担任からも様々なアドバイスをしました。
 学力(勉強)は、個人的な問題ではないのかという反論を持たれる先生もいると思いますが、私は、それは間違えていると思っています。本当は、どんな生徒でも「勉強がわかるようになりたい!楽しく勉強したい!」と思っているのです。それが途中で勉強につまずきわからないところがどんどん増えていくうちに学習への意欲をなくしてしまっただけなのですから、教師が先頭になって周りの生徒やみんなで支えていけば必ずどんな子でも、勉強に意欲を持つようになっていくと私は信じています。(マララさんのの-ベル賞受賞スピ-チでも、すべての子により高い教育を与えるようみんなが努力すべきだと、訴えてえていました。)みんなの支えの中で、みんなが伸びていく。それが教育の理想だと思います。

・子供たちと同じ目線で
 私は、担任になった時、私もクラスの生徒の一人だと思って子供たちの中に入っていきます。給食もどこかの班に入って食べ、掃除も一緒にやり、子供たちと一緒になって泣いたり笑ったり、思いっきり喜んだり・・・・。それができるのが学級担任だと思っています。



  


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